ゲーム




ざざざざっ

夜の風に茂みを行く音がこだまする。
わずかな月明かりを頼りに道なき道を抜けて。
どこまでも暗闇は続く。それでも走って走って走って。

行かなければ、行かなければ。

得体の知れない焦燥が、あたしの足をもつれさせる。
膝のあたりからうっすらと血がにじむ。
鋭利な葉の合間を駆け抜けるたび、鋭い痛みが皮膚をなでる。

けれども。
そんなことは今のあたしにはどうでも良かった。
行かなければならない。
ただそれだけのことが、あたしの足を前へ前へと運んでいる。

これは、ゲームだ。
理不尽にも勝手に始められた、未来を決めるゲームだ。
間に合うか、間に合わないか。
いたってシンプルで解りやすいこのゲームの賞品は、あたし達の未来。
憤慨している暇は無かった。
ゲームの開始と共に、あたし達――いや、正しくは「あたし」の選択肢はただひとつしか残されていなかったのだから。

気づいた時には、道も無い夜の森に放り出されていた。
タイムリミットは、この瞬間でさえある。相手より先に目的地にたどり着くこと。
今、ゲームが終わっているのかもしれない。
絡みつく蔦をひきちぎり、血豆が出来た両足に気づかぬ振りをして。
休むわけには行かない。
休んだらもう進めない気がした。不安で押し潰されてしまいそう。
とにかく今は、前へ前へ、前へ―――




森を抜け、草を掻き分け、かすかに開けたその月明かりの元に、その存在を見つけた。
青い瞳をのぞかせている筈であるのに。そこに居た彼は、普段の彼ではなくて。
立ち尽くすあたしの背に、冷や汗がびっしりと張り付いている。

どくん。

そこに突きつけられたのは、過程も何も無い結果だけだった。
どんなに走ってもあがいても、あらかじめそうなる未来が用意されていたかのよう。
光景を象徴するかのような匂いが風にのって流れて。
彼は、ガウリイは、見事な金髪を夜風になびかせ、静かに―――横たわっていた。

それは、ゲームの終わりを示していた。


こんなことがあっていい筈が無い。
それでも事実から視線が外せない。
鼓動が大きくなる。心臓が熱い。
いくらなんでも、こんな。こんな・・・。

どくん、どくん、どくん

苦しい、苦しい、苦しい―――
「いやぁあああぁあああぁぁぁーーーっ!!」

体中を走り回る、この感覚は何か。
がくがくと震える足を叱責しながら、もどかしくそこに走り寄る。
ガウリイはぴくりとも動かない。
すぐ横には、彼の斬妖剣が突き立ち、ギラリと月光を反射した。

間に合わなかった―――


ゲームは終わった。最悪の形で。
あたしは動かなくなった彼の傍らにへたり込む。
頭のどこかで、これが悪夢なら早く覚めてほしいと願うあたしがいる。

だが、あたしにはわかる。
これは現実だ。
そしてその願いこそ幻想だ。
あたしは、負けたのだ。

どこかで誰かが笑っている。いや、それすらも幻聴なのかもしれない。
両の拳を地面に打ち付ける。

それから問う。どうして、と。



「どーしてあんたが先にゴールしてるのよくらげええぇぇぇっっ!!」

どげしっっ!!

「うをっ!?」



あたしは寝っ転がっているガウリイのドたまに渾身の蹴りをお見舞いしてやった。
あーもうっ!!なんてことしてくれちゃったのよ、ガウリイのくせにっ!

「ってぇ〜〜っ!何すんだよリナぁっ!人が疲れて休んでるところをっ」
「だまらっしゃいっ!あたしより先にゴールするとは何事よっ!?おかげで今日の夕食を食べる権利失くしちゃったじゃないっ!」
「ルールなんだから仕方ないだろっ!?」
「こういう時はレディに先を譲るって言うのが礼儀でしょ!?」
「なんだよ、その理屈はっ!?」

ぎゃーぎゃー。

こんな言い合いをするだけならば、いつもと全く変わらない。
しかし、あたしは忘れていた。
本当の敵が背後に迫っていることに。

「あらぁ、リナったら、ガウリイさんに負けちゃったのね」
ぴし。
瞬間凍結。
ぎぎぎぎぎぎ・・・・

「ね、姉ちゃん・・・」
あたしは立て付けの悪くなったドアのような音を立てて振り返った。
全然気配感じなかったぞ。あ。ガウリイも固まってる。
こわい。こわすぎる。
満面の笑みが怖すぎるぅうぅぅ〜〜っ!

「でも、仕方ないわよねえ?
母さん、お肉五人分買って来る予定だったんだけど、間違えて四人分しか買って来れなかったんだから。
当然、しばらく居候のあんたたちにお肉一人分を争奪戦してもらうしかなかったわけだけど・・・」

じゅうじゅう。

ゴールであるここ、インバース家の庭には、お肉の焼けるおいしそうな香りが漂っている。
今夜はバーべキュー。
あたしは魔法を使わずに、ガウリイは体力などのハンデを補うためにあたしより少し遠い地点からスタートして、ここに辿り着いたのである。
ルールはわかる。勝負の世界が厳しいことも知っているつもりである。
でも。でもっ!
今日の夕ご飯を前にすると、どうしても納得できない。
ましてや負けた相手がガウリイならばなおさらであるっ!

というあたしの考えていることがわかったのか、ねえちゃんはにっこり微笑んだ。

「先にここへ辿り着いたのはガウリイさんなんだから、勝者はガウリイさんよね、リナ?」
「ハイソウデス、オネエサマ」

我ながら酷い棒読みだわ・・・。
でもっ!姉ちゃんに逆らうくらいだったら、今日の夕食ぐらい我慢できるっ!
こんな軽い代賞ですむなら、夕食の一食や二食、ガウリイにくれてやってもおしくないわ!
・・・いや、惜しいけど。

しかし姉ちゃんは、さも今思い出したかのようにガウリイに向き直った。
「それでね、ガウリイさん。お話があるの」
「へ?」
「お肉、五人分あれば足りる筈だったんですけどね、私ったらスポットの分を数え忘れていて。」
「はあ・・・」
「ガウリイさんの分も、無いんです♪」




・・・あ。ガウリイ涙目だ。




その後、あたし達は仕方なく近くのレストランで夕食をとることになった。
ちなみに名前は「リアランサー」・・・。
なんかあたし達、姉ちゃんのカモにされてるんじゃないだろーか・・・・?






End







ゼフィーリアへ里帰りした二人って、こんなもん?(笑
いきおいで書きました。









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