●いたみ 「うぅ・・・っ」 あたしは目覚めてから数回目の呻き声を上げた。 ここは一階にメシ屋を兼ねる宿屋の一室。 時刻は早朝。ついでに言うと昨日この街に到着し、疲れた身を横たえて眠ること数時間。 ふかふかのベッドでたっぷり寝た後は、さわやかに起床・・・・となる筈だったのだが・・・・。 差し込む朝日に今日の天気を思う。腹が立つほどの晴天らしい。 こんな日は相棒と町へ繰り出して、旨い物巡りをするのが筋というものなんだろうけど、生憎そんなこともできそうにない。 おとといの夜の盗賊いぢめでそろそろかな・・・と思っていたけれど、初日からこれでは不便で仕方ない。 まったく、面倒くさいったら。 あたしは下腹部に走る鈍痛を恨めしく思った。 女性ならばこの苦しみがお分かりになるだろう。そう、アレである。 とんとん 「リナ?起きてるのか?」 ドアの向こうには、慣れた気配と声。 だるい上半身を無理やりベッドから起こし、返答する。 「・・・開いてるわよ」 かちゃりと乾いた音を立てて、でっかい金色の塊が顔をのぞかせる。 「おはよ・・・」 「おい、リナ!お前さんだって一応女の子なんだから、鍵ぐらい掛けて――」 開けるなりお小言を繰り出す相棒――ガウリイは、こちらの様子を見て固まった。 またはじまるわね、こりゃ…。 「リナ!お前さん、具合悪いのか!?」 ほらきた。どーして普段くらげのくせにこういう時だけ観察力鋭いかな、こひつは。 予想通りの反応で相棒兼(自称)保護者は、あたしのベッド脇へオロオロと近づいてきた。 「別にどうってことないわよ・・・・それに、鍵は掛けて寝たし。あんたが来る前に開けといただけじゃない・・・・」 「風邪かっ?」 「だから大丈夫だって・・・」 「熱はっ?」 「あのねえ・・・・」 「横になってろよっ!」 「ちょっと・・・」 「待ってろっ!医者を呼んでくるからなっ!」 ・・・・・。 「きけ。」 すっぱああああぁああんっ! ん、いい音♪ ガウリイは後頭部を抱え、あたしのベッドの横でうずくまった。 あたしは昨夜ぱくったスリッパをいそいそと懐へ戻す。何でそんなところに隠し持っているのかは乙女の秘密である。 これで落ち着いて話が出来るってもんよ。 そう、落ち着いて話を・・・・って・・・ううう・・言いにくいなあ・・・。 ・・・こればっかりは、毎回のことながら神経つかうのよね。 「あのね、その・・・えーと。び、病気じゃないんだからあんまりさわがないでよっ!」 あたしは俯きぼそぼそこぼした。 たぶん今のあたしは耳まで真っ赤になってるわね・・・うぅ・・・。 ガウリイはでっかい図体でちょこんと床に座ったまま、こちらを見上げている。 しばしの思案顔。 「病気じゃないとすると・・・・あの日か!」 こひつはぁぁぁぁっ!! 「あんたにはデリカシーってものがっ・・・・」 ド突き倒そうと思ったその時。 下腹部の鈍痛が激しく主張し始めたので、今度はあたしがベッドにうずくまる羽目になってしまった・・・。 「出発は2、3日延期だな」 予想通りの反応の後には、やはり予想通り深刻そうな顔をしたガウリイが、予想通りの提案をする。 冗談じゃない。こんな天気のいい日に部屋にこもって寝転んでいられますかってのよ。 「だっだいじょうぶよっ!病気じゃないんだし、これぐらい・・・」 「だめだ。このあたりに宿があるのはこの街しかないんだし、次の街に着くまで2日はかかるって言ったのはお前さんじゃないか。最近この辺の街道には盗賊が出るって言うし、今のお前さんは魔法が使えないし体力もない。 仮に盗賊に出会わなかったとしても、2日連続で野宿は相当きついぞ?」 「う・・・」 「わかったな?」 「・・・・・ふぁい・・・」 「ちゃんと寝てるんだぞ?朝メシ持ってきてやるからさ。」 先ほどのダメージもなんのその。過保護すぎる自称保護者殿は、にっこりと天使のような微笑を浮かべてあたしの頭をぽむぽむと撫で、足早に部屋を出て行った。 あたしは彼に勧められたとおり布団に潜り込む。 ま、仕方ない。2、3日退屈だけど我慢しますか。不満だけど。 それにしても、いつものくらげは何処行ったんだろ?ガウリイののーみそがちゃんと働いてるなんてっ! □□□ じっとりと冷や汗が額を伝っている。 出来るだけ痛みが和らぐような体制を探し、ベッドの上でもそもそやってみたが、結局痛みが和らぐことはなかった。 仕方なく横向きに寝て膝をかかえ、お腹を守るようにして丸くなる。 心なしか頭痛までする始末。頭の芯がぼーっとする。 さっきガウリイがお昼ごはんを持ってきてからどのくらい経っただろう? たぶん少しうとうとしてたんだろうけど、眠りが浅くてよくわからなかった。 窓にはカーテンがひかれ、真昼の陽光を薄くさえぎっている。 階下からメシ屋の喧騒が聞えてくる。遅めのお昼ごはんを食べにきたのであろう客たちの話し声。 話の内容までは聞き取れないが、小さな町でもそれなりに活気に満ちたこの宿の、おそらく当たり前の風景なのだろう。 だからなおさら、薄板一枚でさえぎられたこの部屋が、別の世界のような錯覚を覚える。 鈍痛に耐えるかたわら、こういうときの思考は妙に冷静で。 なんというか、人恋しいような、寂しいようなそんな気分になってしまう。 今までの戦いで負った傷に比べたら、こんな痛みは痛いうちに入らないってもんだろう。 なんだけどさ。 人間、自分が苦しいときは寂しくなるようで、あたしがそんな風に思うなんて柄でもないんだけど。 体についた傷は自然に治るものだし、治療呪文をかければ一発だ。 けれども、この痛みだけはどうしようもない。 どうしようもない痛みを抱えて、殺風景な宿屋の一室に一人ぼっちでいるからこんな気分にになっているのよね? 無理やり理由を導き出しながら、もう一度体を抱えなおす。 「・・・・つらいか?」 ふいに、あたしの頭をぽむぽむと撫でる感触。 「・・・?」 いつのまにやら、ガウリイがそばに居た。そういえば鍵開けっ放しだったっけ。 あたしはかたく瞑っていたまぶたを少し開け、でっかい金色の塊のあるだろう方向に顔を向けた。 ガウリイはのほほんと備え付けの椅子におさまっている。 「・・・いつからいたの?」 「ん? おまえさんの昼飯下げて戻ってきてからずっとだな」 「ここで何してんのよ?」 「いやあ、おまえさんが寂しいかと思ってさ」 うわさらりと言ってくれちゃったわよこいつは。 再び耳まで真っ赤になっているに違いないけれど、いまの状態では誤魔化しがきかないし。 あたしは思うように動かない頭を必死に使って、次に来るであろうガウリイのからかいに備えた。 ところが、次に彼が起こした行動といえば。 「普段痛がってもいいときに痛くないフリするんだからなぁ、お前さんは…。」 そう言って、あたしの頭をくしゃりと撫でた。わけがわからない。 「はぁ・・・? 何のことよ?」 「いや、別に」 痛くないフリ?普段そんなのしてるっけ?? まあそりゃあ戦闘中に怪我した時とかはよく痛くないフリするけど、普段からそんなフリしたことあった? あたしが人一倍痛みに対する堪え性がないのはこのくらげだって知ってるはずだ。 なんなのよ一体? だいたい乙女の部屋に無断で入ってくる時点で竜破斬並みの重罪なのに・・・。 今日は何故か、こいつを追い出す気になれなかった。 なんで? ぼーっとした頭はそれ以上の答えなんか見出してくれない。 思考とは裏腹に、こいつがここにいるだけで妙に安心している自分がいる。 「あ、そ。そんじゃあたしは寝るわ。くれぐれも乙女の寝込みを襲わないように」 「あー、はいはい。心配するなって」 交わす軽口は普段の会話と変わりは無いのに、今のあたしには心地よかった。 まぶたが重く、視界に霧がかかってきても、ガウリイの青い瞳だけは視界の端に鮮やかに映る。 「いいさ今日ぐらい、痛がっても。オレが傍にいるんだから」 意識が落ちていくまどろみの中、聞こえたのは優しい声で。 再び頭を撫でられた気がしたが、なにしろ半分寝ている状態だから、それが夢なのか現実なのか定かではない。 心地よさに身をゆだねてしまえば、疑問も痛みもどうでも良くなって、なんとなくさっきの彼の言葉の意味がわかった気がした。 End. 本編終了後の二人。 ひとりだけ寝込んでると心細くなるよね、という話。 |
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